第四章クリントンの場合
大統領の名を汚したビル・クリントン
一九九八年八月十七日は米国大統領にとって忌むべき日となった。現職大統領が犯罪容疑で連邦大陪審にて宣誓証言を米国史上初めて行ったのである。容疑は元ホワイトハウス実習生モニカ・ルインスキーとの不倫もみ消し疑惑について。クリントン大統領は証言後、テレビ演説を行い「不適切な関係をもった」と一部性的な関係を認めた。偽証・偽証強要・証拠隠蔽などの犯罪容疑は否定した。アメリカ上院での弾劾裁判では弾劾こそまぬがれたが、国民の信頼が薄れたことは間違いない。男女関係という当事者にしかわからない出来事、ホワイトウォーター事件(ホワイトウォーター土地開発会社をめぐる不正融資疑惑)という政治問題、独立検察官との確執など多くの要因に影響を受けている不倫疑惑である。事実は闇のなかにあるが、登場人物が小指を挙げて「俺はこれ(小指)で会社を辞めた」というテレビコマーシャルが思い出される。
モニカ・ルインスキーとの不倫疑惑
発覚の経緯は一九九八年一月、スター独立検察官がある録音テープを入手したことから始まる。当時ホワイトハウスの実習生だったモニカ・ルインスキー(二十五歳)がクリントン大統領との関係を同僚に話した内容が録音されたテープであった。モニカは医師で実業家でもある父をもち、裕福な家庭で生育した。大学卒業後、九五年から約一年半ホワイトハウスの実習生になった。実習生とは正規スタッフの助手として、通常二~三カ月、無給で働く人たちのことである。この間「九五年十一月にホワイトハウスで開かれたパーティで大統領と目が合い、その直後、合意の上で親しい関係になった」「大統領が深夜モニカに電話をかけ、テレフォン*セックスに興た」「大統領はドレスを、モニカはネクタイなどのプレゼントの交換をした」「ホワイトハウスの書斎で一二~二十回のオーラル*セックスを行った」などのやりとりがあったとみられる。ヒラリーという妻をもちながら、クリントン大統領は娘の年齢に近い、極めて年下の女性を相手に約一年間の関係をもったことになる。過去の女性関係を振り返る

クリントン大統領ほど女性スキャンダルに見舞われた大統領はいない。一九七七年から十二年間はクラブ歌手であったジェニファー・フラワーズ(四十七歳)と愛人関係であったといわれる。八三年にクリントンはアーカンソー州知事に就任。同年には元ミス・アーカンソーのダンサー、サリー・パーデユーと交際し、知事の公用車でサリーの自宅を訪れていたらしい。八八年頃には高校時代の同級生で現在は不動産専門の弁護士であるドリー・カイル・プローニングを愛人にしていた。元ミス・アメリカのアーカンソーエ科大学生であったエリザベス・グレーセンとも交際があった。九一年にはアーカンソー州職員であったポーラ・ジョーンズ(三十一歳)に対して、ホテルの部屋に呼びオーラル*セックスを迫り、セクハラ事件になっている。九三年クリントンは大統領に当選した。同年十一月ボランティアとしてホワイトハウスで働いていたキャサリン・ウイリー(五十一歳)に対して、執務室から隣室に連れ込んでキスをし、胸を触り、彼女の手をとって股間を触れさせたという。九四年にはドリー・カイル・プローニングによりを戻すことを求めた。九五年モニカ・ルインスキーとの不倫疑惑が発覚した。このようなクリントン大統領の女性関係には疑問を抱かざるをえない。

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