「共依存」する配偶者を選ぶ
機能不全家族に生育し、心に傷を負った子供は成人して配偶者を求めるとき、特有の選び方をする。娘の場合は男性に対して、やさしい人、指導力があって頼れる人、思い通りになる人、を選びたがる。親から冷たく扱われ、親からの愛情供給が少ないので、何を差し置いても温かく、おだやかで情緒の安定した人を望む。娘自身、自分に対して自信がなく、おどおどしているので、てきばきして行動力があり、頼れそうな人に引かれる。幼少期、父や母の後始末や面倒をみてきているので、他者を世話することに心地良さを感じる。そこで、世話のしやすい、依存的で、はむかわず、思い通りになる人との相性が良い。息子の場合は、女性に対して、美人や高学歴の人、甘えられる人、を求める傾向がある。息子は自分の劣等感を配偶者の美貌や学歴で補おうとする。母の支配によって自尊心の成長をさまたげられ、自己表現が制限された息子は、母子カプセルからの離脱を懸命にはかるが、再び、母と同じ役割を持った支配的な妻を選択しがちである。他者を世話することに心地よさを感じる女性と、世話されることに喜びを感じる男性は前世からの因縁でもあるかのように、あるいは鍵と鍵穴のように強く引かれ合う。このように機能不全家族に生育し、心に傷を持ち、支配と被支配の役割をもつ男女が互いに求め合う配偶者選択を「共依存」と呼ぶ。共依存夫婦は困難な経過をとる。理由は一二つ。第一は支配権を奪い合う。第二は会話がかみ合わない。第三は欠点をなじり合うからである。支配権の奪い合いとは、何か。妻は元々支配的である。夫は妻に甘えているが、その反動で背伸びをしたがり、支配権を求めようとする。すると夫婦の主張は衝突する、衝突してから、互いに妥協したり譲歩すれば折り合えるが、二人ともできない。猛烈な夫婦げんかをし、互いに傷つけ合う。しばらく離れたあと、また接近するとぶつかり合う。これを繰り返す。共依存夫婦の会話は、目立って少ない。二人とも自己表現が苦手なので、普段からコミュニケーションは乏しい。ところが、どうしても話し合わなければならない局面が訪れる。その際、相手の都合も考えずに、突然、重大な話題を持ち出す。相談された側はとまどい、口から出まかせか、その場しのぎの返事をする。あるいは怒りだしてしまう。二人の間の稚拙なコミュニケーション・パターンは、ますます夫婦を遠ざける。結婚して、時間が経つと、互いの欠点がよく見えるようになる。やさしい人だと思っていたが、実は決断力がなく、優柔不断なだけであった。指導力がありそうだったが、劣等感の襄返しで背伸びをしているだけ。甘えられそうな人に見えたが、気が強く、頑固でわがままなだけで、包容力など全くなかったなど。いわば「あばたもエクボ」が、「あばたはあばた」であるとはっきり分かるようになる。実はこれからが夫婦の正念場であろう。互いの短所に目をつぶり、長所に目を向けていこうとしなければならないが、共依存夫婦にはそれができない。むしろ、「裏切られた」「こんなはずではなかった」と思い込み、相手に対して軽蔑や卑下、あるいは馬鹿にし、無視することもある。そして、夫婦関係は険悪になる。このような問題点を共依存夫婦は抱えているのでバトルを繰り返し、互いに消耗する。共依存夫婦は形だけ夫婦を保っているが、それぞれの生活を営んだり、夫婦が各々アディクションに陥ったりしていることが少なくない。共依存夫婦に生まれた子供たちは、新たに両親からのトラウマを受け、夫婦間バトルに巻き込まれ、心に傷を負う。共依存という配偶者選択を鍵に、何世代にもわたって、心に傷を持つ子供を生み出していく。これを”世代伝播” と呼ぶ。

参考記事:できる社会人の異性との出会い方